会社概要

河野武平

河野武平プロフィール

株式会社 精膳の代表取締役。
昭和50年代から全国の農業生産地を回り青果物の予冷、貯蔵、保存、カット野菜、食品加工などの指導及び施設導入計画の策定及び実施などの業務及び地法自治体の長期計画の策定などの業務に携わる。
主な自治体として、大分県、熊本県、宮崎県、福岡県、佐賀県、長崎県、山口県、高知県、徳島県広島県、島根県、兵庫県、大阪府、山梨県、長野県、愛知県、静岡県、神奈川県、福島県の県又は県下の市町村である。 現在過疎対策の成功例となっている徳島県勝浦郡上勝町「いろどり」に訪問したのもこの頃が始まりである。
活動内容
昭和62年3月~
平成19年3月
オリオン機会(株)本社長野県須坂市の外部技術顧問
平成4年~7年 秋田県鹿角市十和田過疎地域の再開発事業に参加約200haの開発
平成5年~9年 三井物産(株)新事業開発室、新事業の計画立案、事業化計画策定 各自治体の長期構想策定
平成7年~9年 山口経済連の委託調査事業「県下の高齢化地域の調査と農業対策」
平成9年~11年 聖隷福祉事業団と「地域栄養支援センター」の研究会を発足し、地域在宅高齢者の給食支援策を各自治体に提案書提出
平成12~現在 アイアイ・エス(関西経済連合会の任意団体)現けいはんな新産業創出・交流センター、エキスパートボランティアに参加
平成16年~19年 武庫川女子大学、文部科学省学術フロンティア推進事業「関西圏の人間文化についての総合研究」研究テーマ食文化から生まれる産業構造担当、公開講座「関西文化の知と美」食文化と関西を担当
平成23年7月1日~ 京都工芸繊維大学プロジェクト特別研究員(未利用資源有効活用研究センター)
平成23年12月22日 特定非営利法人 未利用資源事業化研究会 副理事
平成23年12月13日 日本国特許出願 特願2006-527879 国際公開番号WO2006/009329 特許査定
発明の名称 感温磁性流体のエネルギーを増幅させ、発電エネルギーに変換する方法
出願人及び発明者
株式会社 精膳
会社名 株式会社 精膳
代表 代表取締役 河野武平
所在地 〒604-0903
京都市中京区河原町通夷川上ル指物町313
藤和シティホームズ河原町二条801
TEL 075-251-0179
FAX 075-254-3514
E-mail info@metaboless-cooking.com
主な著書
No Photo 「関西食文化とロハスデザイン」
河野 武平 (単行本 – Dec 2006)
武庫川女子大学関西文化研究センター
主な参加学会
日本電磁波応用エネルギー学会、日本肥満学会 日本栄養・食糧学会会員
日本の野菜の流通と変化
我々の意識からは、野菜や果物を予冷し出荷し始めたのは、「エデンの東」で若いジェームス・ディーンがキャベツの木箱の中に氷りを入れ出荷し、大もうけを企み成功したが、親父にこそくな利益の追求と叱責され、こっぴどく怒られた名場面である。 野菜の鮮度を保つ方法で米国のロッキー山脈の中腹のサリナスから東部の大都市まで約1週間をかけて輸送する有効な手段の一つである。 ディーンの父親はこそくな金儲けの手段として怒りましたが、生産物の鮮度を保ち、価値の維持と消費者のためには大変有効で今では当たり前、予冷をしなければ商品価値を失います。

日本では野菜の予冷が始まったのは長野県の夏場のレタスを大都市に流通されるようになってからで昭和40年代からになります。同時にこの時代から施設栽培、透明なビニールが安価に入手できるようになり、ビニールハウスが各地に増えて周年栽培がスタートしました。野菜の次に日本では果実の桃が始まりましたが、当初は市場も予冷品を正当に判断する能力はなく、何度も苦い汁をなめさせられました。予冷には予冷施設を投資しており、予冷品が従来の商品よりも買いたたかれる場合があり、市場価格が安くなると設備の意味がなく、どのようにして農家の人々に現状を説明するのか、目の前が真っ黒になった経験があります。先駆者は何時の時代でも大きなハードルを越える忍耐が求められるものです。
従来施設栽培の野菜は「もやし」「うど」「キノコ」など遮光して栽培する品目が多く、雨よけと同時に透過性の高いビニールハウス温度管理の面からも西南暖地で一機に広がりを見せました。それまでは野菜を生で食べることはほとんどなく加熱して食べられていました。ハウス栽培で周年栽培が増加するとスーパーマーケットでカット野菜、生の野菜をカットしそのままパック包装し、販売する野菜が登場していきます。 当時、ハウス栽培やその予冷、保存、カット野菜の現場の施設を指導する仕事が主な業務となっていました。

昭和56年神戸ポート博でにぎわっていた頃、カット野菜は全盛期を迎えており、商品量は今以上に氾濫していました。この頃、カット野菜に付着している菌数検査の要求が初めて現場から要求されまじめ、大腸菌群、一般性菌数の安全基準が社会問題となり、殺菌処理の必要性を求められました。次亜塩素処理が野菜の殺菌処理に多く利用され、水道水の基準の100倍の次亜塩素濃度の処理水を使っても、菌数が減少しない現場に悩まされ続けました。 私が野菜の品質にこだわる原因となったのは、野菜の栽培方法と菌数に密接な関係があることに気づいたことが発端といえます。
当時、神戸大学、農学部教授、後に農学部長になられた故水野進先生の加工保存教室にはこの問題について何度も訪問し検討しました。野菜の鮮度と硝酸塩濃度の関係、硝酸塩濃度と一般性菌数の関係を数字で示し、ハウス栽培の危険性を指摘したのはこの時代が始まりになっている。葉の野菜で短期促成栽培の水耕栽培では水温と外気温度によっては茎の個体内部に多くの一般性菌数が存在し、外部洗浄では除去できず、カット野菜などの流通時点で増加する原因になる。野菜では貝割れ大根、三つ葉、サラダ菜、レクソンなどにその傾向が強い。瓜類キューリは個体内部、核に菌数が多いことがある。最近のカット野菜にこれらの野菜があまり使われない原因である。 水野進教授のアドバイスは「当時日本中の葉の野菜が全て施設栽培に替わることはなく、一部の野菜の現象だけを大きく取り上げることは、今進んでいる施設の効率化と経済性に逆行することになる学会報告は避けた方がよい」社会的な流れからも当時の判断に常に疑問がのこりました。
現在になると施設栽培でない葉の野菜は限られた品目で、品目数から見ると路地野菜よりも施設野菜が圧倒的に多くなっている。 野菜が日持ちしない、野菜の味覚の低下、基礎的栄養成分の不足、野菜の品質低下の原因である。 野菜が持つ基礎的栄養素の低下した原因である。 「有機農業の栽培技術のその基礎」「野菜が糖尿病をひきおこす」の出版は過去の反省からである。

高齢者対策と農業への挑戦
日本の農業地域は、過疎地域ほど高齢化は進んでいる。 徳島県上勝町の「いろどり」を県庁の農政課から頼まれ訪問したのが昭和60年の始め、農家の家庭にある樹の葉を採集して大阪や京都の割烹や料理に売り始めた。同じ徳島県でも松茂町、石井町、北島町は京阪神の台所といっても過言でないほど毎日多くの青果物が出荷されていた。甘藷、大根、にんじん、ほうれん草、蕪、スイトコーン、レンコン、ゴボウ、等の一番札は常に徳島県が押さえており、生産地では御殿のような家が各地で建てられていた。 山間地の上勝町ではスダチと柚以外に特産物として販売できる商品が見あたらず、樹の葉の採集は細々であるが高齢者対策として栽培の手間が掛からず、経費が少ない作業として立ち上がっていった。
別の見方では、失敗しても元手が掛かっているわけではなく大損にはならないからやってみたら、軽く見られた仕事であった。 松茂町や石井町の篤農家を訪問し、今から上勝町まで足を伸ばすと話すと「金にもならんのにご苦労さん、ばあさんの話し込む趣味が好じんようにな」むしろ冷ややかな目を向けられていた。
「ロハスデザイン」→
上勝町いろどり
平成4年、山口県経済連の委託事業で県下の高齢者対策と今後の農業政策に対する調査研究の機会を得た。このとき既に山口県では東和町を始め65歳以上の人口が町人口の30%以上超えている地域が点在しており、この実態調査の機会は次の時代、日本の高齢化社会への対応、従来の農業生産の見直しとなる大きな意識改革の要素に結びついた。
山口の東和町の高齢者と上勝町の高齢者生活を比較すると山口県東和町は瀬戸内の海岸線に沿って小さなミカン畑がある程度で温暖であるが農業生産は家庭菜園程度である。上勝町は山間地見上げるような高い山の裾と渓流の間に家が建っている。農地は1畝程度が大きい方で1反歩として広がる農地は少ない。上勝町の自然環境は厳しい。山口県も島根県と広島県との県境には上勝町と同じような環境の自治体も多い。 今では上勝町の「いろどり」は世界的に有名になったが何よりも担当者の横石知二君の熱心さは他の農協組織の担当者に見られない情熱があった。
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