CREATIVE COOKING COLUMN

日本料理の基礎

■”食べる”ことの大切さを説いた道元
20.jpg

日本人に食生活の重要性を始めて教えたのは、曹洞宗の開祖、道元禅師の典座教訓であろう。
道元は宋の国から帰国後に、京都の伏見の一角、深草に興聖寺を建てたが、修行の場をあえて、都の京都から、山深い、福井県永平寺に移し、生涯この場を離れなかったとされている。
永平寺には「不離叢林」の書がある。
叢林とは、禅の修行道場を云い、道元は、生涯叢林を離れなかった。
日々の生活が修行であり、どのような場所でも修行になると教え、中でも典座、調理すること、食べることへの重要性を教えている、典座とは叢林の台所を指している。

家庭における主婦の位置は正に典座であり、この場所は主婦にとって生涯最高の誇れる修行の場所である。人生の最高の修行の場である。
生きる全ての時間は修行であり、人間は食べ物によって生命の基礎が作られ、食べ物の調理のあり方によって、家族全員の健康な生活が作りだされる、調理は生命の要であり、基礎である諭している。
典座教訓の教えには、精進料理を作る心得として「喜心老心大心」と諭じている。
料理を作り得る喜びの心、相手の立場に立って調理する心、隔たりのない広い心で材料の質や内容を如何に生かし調理するかを教えている。
永平寺の典座和尚は修行僧全ての生命を守り、健康を維持する役割であり、日々重く重要な業として受け止め就業に当たる。
帝国ホテルに例えるならば総料理長の役割である。
一見すると裏方であるが、ホテルに宿泊される全ての顧客の健康を保つ基礎をつくる顔である。

 

■食べることは、修行にも必適する
家庭の顔は、健康な子供の顔を作り出した、主婦の顔である。
道元は仏門をたたく修行僧には「自己に対する厳しさ」を説き「修証一等」正しい作法によってひたすら修行をおこなうとき、そのままその行為が尊い悟りに結びつくと教え、日常生活では欠かせない、調理し作り、食べることの大切さを教えている。

現在、日本の家庭の崩壊が話題になる。
家庭の崩壊の原因の一つには、日常生活で欠かせない普通にあるべき姿、家庭の台所が浮つき、汚れ、薄暗くなり、家庭内の普通にあるべき食べる姿が主婦にも子供にもできていないのではないか!
調理し共に食べることは、普通の家庭としてあるべき姿であり、仕事の忙しさや塾などで疎かされがちであるが、学校や塾で得る勉強や科学書、科学書、文学書を暗記し得る修行にも劣らない大切な行為であることを諭している。
食材を選択し、形を整え、熱を加え、味覚を整え、器に移し変える調理の作業と食べる行為には、生物学、数学、栄養学、農学、物理学、化学、生態学、医学等多くの科学的要素が込められている。

■調理と科学
食の嗜好を求める好奇心は、一層食材の用途を広げ加工調理の創造性を涌き上げる。
食文化は地域全体の文化を作り上げる基礎になっており、食生活が煩雑になると生活文化が雑になり、薄っぺらい快楽だけを追い求める。
食文化が作る地域の構造はその時代の背景や社会の構造、顔、姿を映し出している。
調理には技術があり、味覚の追求には、技術の深さと感性の豊かさが求められる。
技術の深さには必然的に何らかの科学的な追求が伴ってくる。

調理の味覚をより深く追求し、判断するには科学的分析が必要になる。
味覚の表現は栄養学を探る基礎であり、食から作り出される栄養学と医学は人間の生命体全体を捉えており、医学研究の基礎として欠かせない。

食文化は生命体全体を捉える基礎を作り出している。
食文化の変化はその時代の人間の生き様、精神的背景を描いている。
過去、日本の時代変化と食文化の傾向を見ていくと解りやすい。

・貧困な国粋主義の精神性と戦時中から戦後の食生活、
・簡便性と合理性を追い求めた戦後の食生活と使い捨て文化の横行
・中食、ファーストフードの氾濫とニートの氾濫
・中身よりも価格中心主義と形骸だけのイミテーション社会
・グルメの追求とメタボリックシンドロームの氾濫

調理する作業は一見すると単純に見えるが、その中には科学的基礎があり、創造と工夫が次の科学的要素を作り出している。創造や工夫には、民族性や国民性が見られ、独自の科学的、芸術的要素がある。
味覚の繊細な判断は、自然的、生物的価値判断から創作されており、作り出した国民や民族の自然を受容する感性に結びついている。
繊細な味覚を追い求める意識が強い地域には繊細な芸術性を育んでいる。

 

■調理の習慣と認知症の予防
最近、女性の認知症の増加が話題になっいる。
その予防として進められているのが、調理の習慣を放棄させない処方である。
高齢になり直火を利用すると危険であったり、手足が不自由になり危険から、台所から遠ざけることは一層認知症の症例が悪化することが多い。
自身が食べる物を、必ず自身で計画し、メニューを工夫し、自身で美味しく食べる創造性を継続することが最大の予防とされている。
高齢の母親と同居が始まり、母親が台所に立つ場所が無くなるとボケが始まったとする事例が多い。日々3食を作る時間になると習慣的に食材から献立を考える生活が脳細胞の刺激になり活性化を助けている。
生命活動には一定のリズムがあり、高齢になるほど生活のリズムを保っていると安定する。生活リズムの活動が停止することは脳細胞のリズムが狂い活動の方向性が混沌とする。
脳細胞のリズムを安定させることがボケを予防する。
中食や惣菜が作らずに手に入ることは便利であるが、脳の活性化には役立っていない。
理想的な介護は、高齢者が自身で調理できる周辺環境へのサポートをどのようにするかであり、決して調理を手助けし、調理加工品を買い揃えたり、宅配で調理品を配達できるシステムを構築することではない。幸いにも直火を使うことなく調理が簡便にできる方法は確立されている。
自身で食べたいものを創造し、美味しく工夫しながら調理し、食べる行為と後かたづけ等、仕事の一定のサイクルは、脳細胞の活性化に結びつき手足の自然な活動として最適である。

若いOLの中には全く調理が出来ない層が多い、この層の人々が直ぐに中年に移行する。高齢者の認知症以上に若年性認知症が多発するのではないかと心配である。

高齢化対策の一つとして、独居老人宅に調理加工の給食をスムーズに届ける方法も検討して実際に実施し支援してきた。しかし、高齢者給食の配送には食品の価格以上に配送経費が高く、1日3食の配送は衛生管理面から見ても課題が多く残されていた。その上にこれからの高齢化社会は独居老人の方々に日々食事を届けられるほどの財政に余裕が存在しない。自立しか道が残されていない。
自立には、生活の欲、仕事への欲、金銭への欲を常に維持されることであり、欲を失わないことが認知症の予防に結びついている。
高齢者が元気に生活を維持する基礎になる。

庭先農業を楽しみ、自身の野菜を栽培している高齢者ほど元気であり、認知症の予防に結びついている。自己責任で食材を栽培することが健康を維持する最高の贅沢でもある。
※高齢者の方々が楽しんでおられる農業の見本は、徳島県の上勝町の「いろどり野菜」。庭先の花卉園芸から紅葉などの樹の葉を選別し調理の彩りとして生産されている。
詳しくはこちら

気になること、質問なんでも歓迎!お待ちしています!

メールでのお問い合わせはこちらから

ページ上部へ戻る